No. 17
Titre
Liberty bar
邦題名
(直訳名)
自由酒場
(リバティ・バー)
執筆記録
Rédaction
シャラント・マリティム県マルシィイ、
ラ・リシャルディエールにて;1933年4月完成
Marsilly, La Richardière, Charente-Maritime
Avril 1933
参照原本
Éditions
リーヴル・ド・ポッシュ版 1971年11月
Le livre de poche #2919; Nov. 1971
邦訳本 伊東鍈太郎・訳、アドア社、1936年11月

(←)
リーヴル・ド・ポッシュ版
1971年11月刊
Livre de Poche #2919
Nov. 1971

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    リーヴル・ド・ポッシュ版
    2004年3月刊
   LGF = Livre de Poche
    Mars. 2004
     

物語の季節
Saison
 パリから夜行列車で着いたメグレは、夏の休暇のような印象を受ける。まだ3
月なのに、輝く太陽の光を浴びてすべてがまぶしく暑く汗ばんで感じられる。
(Il faisiait chaud. Bien qu'on ne fût qu'en mars, la peau était moite, avec
une odeur d'été; Chap.2)
メグレの状態 
Son état
 南仏のリゾート地、カンヌ、アンティーブが舞台である。青い空、紺碧の海、
そして何よりも光り輝く太陽、ミモザの花の甘い香りなど。そもそもコートダジュ
ールは仕事に来るような所ではない。出迎えた現地の刑事までが「何か飲み
ませんか?」と頻繁に誘うのも不真面目な感じがする。(Maigret faisait un
vain effort pour prendre les choses au sérieux; Chap.1er)
 メグレのドブネズミ色の背広なども海岸で甲羅干しをする大勢のバカンス客
たちから見れば汚点のような印象なのだ。(Le soleil était chaud. Maigret,
en complet sombre, faisait tache parmi les peaux nues; Chap.11)
事件の発端
Origine
 富豪や有名人の別荘の並ぶアンティーブで中年の男が殺された。その男と
同居していた若い女とその母親がトランクを抱えて逃げ出したのを不審に思い、
警察が引き止めて家宅捜索をしたところ、庭先からその家の主人の死体が見
つかったのである。ただしこの男は戦時中に情報局で働いていたので、国際
スパイ事件ではないかと思われ、パリからメグレが派遣され、夜行列車でアン
ティーブの駅に降り立ったのだった。上司からは「とにかく面倒なことにはなら
ないように」(Surtout, pas d'histoires; Chap.1er)と言われてきた。
 被害者はオーストラリア出身のウィリアム・ブラウンという男で、故国での事
業や家族を棄ててこの地に住み着くようになった。それから10年間別荘地で
のらりくらりの生活を送り、金がなくなるとどこかへ生計費を調達に行って戻っ
てくるが、その出所は決して教えなかった。ある日の夕方、いつものように数
日間の不在のあと、酔っ払って彼が戻ってきたと思ったら、背中をナイフで刺
されて事切れていたのだ。
題名の意味
Ça veut dire
 第3章になってやっと表題の「リバティ・バー」が出てくる。ここは被害者がカ
ンヌにやってきたときの立寄り先だった。というか、不思議な雰囲気をもった居
心地の良さを感じる狭苦しい場末のバーだった。もはや華やかなカンヌではな
い場所。幅が狭い小路の建物の間に洗濯物が横に渡して干されるような場所
だ。
 バーの中の広さは2m×3mと書かれているが、実際はもうひと回りくらいは
広いだろうと思う。大人が 4~5人以上は入れないほどの狭さながら、常連
もいるというのは居心地がいいからなのだろう。日本でも一般に昔からのバー
・スナックの店で、こんな狭いところによくも、というような小さな店も多いのは
確かだ。
 ここは不思議な魅力というか魔力をもった場所である。ここへの聞き込みを終
えて出てきたメグレが何か悪い場所から出てきたような印象で後を振り返る
という場面がある。(Maigret sortait du Liberty Bar comme on sort d'un
mauvais lieu; Chap.4)
 被害者のブラウンが毎月何日間か泊まりこんだというのも、心に安らぎを求
める究極の寄港地としてだからではなかったのか。(Et le Liberty Bar n'était-
il pas le dernier havre, quand on avait tout vu, tout essayé en fait de
vices?; Chap.4)
直訳的な『自由酒場』という邦題名そのものにもすでにレトロな雰囲気がある。
ジャジャおばさん
Madame Jaja
 登場人物の中でもっとも強烈な存在感をもって描かれる。夫にも先立たれ、
カンヌの場末にある小さなバーを経営している。人生のさまざまな経験を経て、
達観した自信に満ちた態度でメグレにも接する。特に南仏風の料理(サラダと
羊股肉のロースト)はメグレが捜査中にもかかわらず我慢できなくなって手を
出してしまうほど「傑作」に見えた。(La grosse femme préparait une  
salade frottée d'ail qui avait l'air d'un pur chef-d'œuvre; Chap.3)
 非常に太っているので歩くのが大変なのだが、大詰めとなるその夜は、メグ
レが待てど暮らせどなかなかバーに帰ってこない。それから急転直下する
結末までの話の展開は、戦前の白黒映画の傑作にも匹敵する舞台劇的な迫
力に圧倒される。
「あなたに誓って云ひます。ジャジャはこの世で一番立派な女(ひと)でした」
(伊東鍈太郎・訳/淙穂さんの「メグレ感想その5」から引用)
(Je vous jure que c'est la meilleure femme de la terre; Chap.10)
 シムノンは女性を描くのが巧みである。小説作法としてよく見かける特徴とし
て、①複数の女性を対置させることが多い、②姉妹、母娘などの対比と会話、
③女同士の抗争と運命の分岐点(幸/不幸)などである。
付記(因縁の
「自由酒場」)
 メグレ物の作品を全巻揃えたいと思うメグレ・ファンは少なくない。なかなか
見つからない本の最右翼がこの『自由酒場』である。他にも雑誌掲載のみで
終わっていたり、文庫本で絶版になって久しい、という作品もあるが、この『自
由酒場』に関して言えば、戦前に、しかも非常にマイナーな出版社から単行
本で出されたことまでは、何人か方の熱心な調査によって突き止められてい
る。発行部数も少なく、いわばマニア垂涎の本なのである。
 あるファンの方は仕事を休んで国会図書館へ出かけ、収蔵されているたっ
た一冊の『自由酒場』を通読されたという。それを知ってそのものすごい執念
に圧倒された。
 別のファンの方は全巻蒐集に挑戦されたが、この本だけはやむを得ず英訳
本でお茶を濁したという。まさに因縁の『自由酒場』である。
 一般のメグレ・ファンにとっても幻のこの本を、僕は原書の古本でうまく入手
でき、辞書と首っ引きでなんとか読み通すことができたので今回はノートとし
て概略をまとめ、少なくとも『自由酒場』とはどんな作品かをお知らせしたいと
思ったわけである。いずれどこかで改訳されて出版されることを念じずにはい
られない。

各 章 の 表 題 と 場 所
Table de matière et les lieux cités
1 死者とその二人の女
Le mort et ses deux femmes
アンティーブAntibes
カップ・ダンティーブ Cap d'Antibes
2 ブラウンについて話してくれ
Parlez-moi de Brown
カップ・ダンティーブ Cap d'Antibes
アンティーブAntibes
カンヌ Cannes
3 ウィリアムが親代わりの娘
La filleule de William
カンヌ Cannes
4 りんどう酒(ゲンチアナ)
La gentiane
カンヌ Cannes
アンティーブ Antibes
ジュアン・レ・パン Juan-les-Pins
5 ウィリアム・ブラウンの葬儀
L'enterrement de William Brown
アンティーブAntibes
カンヌ Cannes
6 恥ずべき仲間
Le compagnon honteux
カンヌ Cannes
7 依頼状
La consigne
カンヌ Cannes
ジュアン・レ・パン Juan-les-Pins
8 四人の相続人
Les quatre héritières
アンティーブAntibes
カップ・ダンティーブ Cap d'Antibes
カンヌ Cannes
9 雑談
Bavardages
カンヌ Cannes
10 長椅子
Le divan
カンヌ Cannes
11 愛の物語
Une histoire d'amour
ジュアン・レ・パン Juan-les-Pins
アンティーブAntibes
リシャール・ルノワール大通り
Boulevard Richard-Lenoir, Paris 11e

メグレ警視の事件に明記された店舗・施設(*印は実在のもの)
Les Bonnes Adresses reconnues du commissaire Maigret
カフェ・グラシエ
Café Glacier
アンティーブの中心のマセ広場にあるカフェ
Place Macé, Antibes
オテル・バコン
Hôtel Bacon
アンティーブから別荘地へ向かう途中にある普通のホテル
カップ・ダンティーブ Cap d'Antibes
オーヴレマラン
Aux vrais marins
「生粋の水夫たち」という名前のバー
カンヌCannes
リバティ・バー
Liberty Bar
カンヌの場末にある小さなバー
カンヌCannes
ハリーズ・バー
Harry's Bar
目抜き通りと裏小路との境目にあるカフェバー
カンヌCannes
オテル・プロヴァンサル
Hôtel Provençal
アンティーブとカンヌの間にある高級リゾートホテル
ジュアン・レ・パン Juan-les-Pins

警察関係者の動向 Situation de collègues

ブティグ Boutigues : 地元の警察の刑事。生粋のニース人。淡いグレーの背広を着て、赤いひなげしの花をボタン穴に刺している。メグレを駅で出迎え、事件現場への案内と捜査の中間報告をする。折あるごとに「何か飲みましょう」と誘う。
事件にかかわる登場人物  Personnages dans l'affaire

ウィリアム・ブラウン William Brown : オーストラリア人。戦時中は情報局に勤務。アンティ-ブの別荘に二人の女と暮らす。背中をナイフで刺されて死亡する。写真から見るとメグレと体型が似通っている。髪が薄い赤毛、小さな口髭、目もとが澄んでいる。

ジーナ・マルティニ Gina Martini : ブラウンの内縁の妻。

マルティニ夫人 Mme Martini: ジーナの母親。ブラウンの別荘に同居し、家事を行っていた。

ヤン Yan: スウェーデンの小型客船アルデナ号の乗組員。リバティ・バーの常連。羊肉を持ってきた。

ジャジャ Jaja: リバティ・バーの女主人。15年店をやっている。50歳前後で太っている。夫は元道化師で、交友が多かったが9年前に水難事故で死去。物事のすべてを見聞きした自信に満ちた態度、相手を思いやる情が深い。巨大なバストがテーブルの上に乗っているように見える。あだ名は「でかいジャジャ」。

シルヴィ Sylvie: 21歳の娘。身寄りがないのでジャジャのもとに寄宿する。大きな目、顔色はさえない。裸に直接ガウンをまとい、日中はバーでごろごろしている。夕方きちんと服を着て化粧をした姿には、メグレも思わず見とれてしまう。夜の女。

ジョゼフ・アンブロジーニ Joseph Ambrosini : カジノの給仕。ミラノ生まれ。シルヴィの恋人らしい。

ハリー・ブラウン Harry Brown :被害者の息子。オーストラリアからの羊毛の欧州地域への輸出を取り仕切っている。目鼻立ちがはっきりして大柄でやせている。背広を着て、髪の毛をきちんと分けている。

プティフィス M.Petitfils : 痩せて長い寂しい髭、疲れた目をしている不動産業者。家財の目録を作るために呼ばれる。


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